啓明館 - 神奈川県・横浜市の中学受験専科塾

啓明館事業部長 渋田先生日記

2020年11月25日

少しずつの成長

村上春樹さんの「走ることについて語るときに僕の語ること」(文芸春秋)より。

 

<誰かに故のない(と少なくとも僕には思える)非難を受けたとき、あるいは当然受け入れてもらえると期待していた誰かに受け入れてもらえなかったようなとき、僕はいつも少しだけ長い距離を走ることにしている。いつもより長い距離を走ることによって、そのぶん自分を肉体的に消耗させる。そして自分が能力に限りのある、弱い人間だということをあらためて認識する。いちばん底の部分でフィジカルに認識する。そしていつもより長い距離を走ったぶん、結果的には自分の肉体を、ほんのわずかではあるけれど強化したことになる。腹が立ったらそのぶん自分にあたればいい。悔しい思いをしたらその分自分を磨けばいい。そう考えて生きてきた。黙って呑み込めるものは、そっくりそのまま自分の中に呑み込み、それを(できるだけ姿かたちを大きく変えて)小説という容物の中に、物語の一部として放出するようにつとめてきた。>

 

今年はなかなか走れていない自分が言うのは何ですが、親子で「お散歩」「軽いジョギング」をおススメしています。単純な運動の良いところは、継続すると変化が体感しやすいということ。実は、勉強も同じです。やれば、出来ようになるという経験が、ピンチの時の支えになります。

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2020年11月24日

百年前と百年後

谷川俊太郎さんの『朝』という詩の冒頭です。

毎日に感謝して生きようという元気を「朝」にもらえます。

みんな仲良く、出会いに感謝!!

 

 

また朝に来てぼくは生きていた

夜の間の夢をすっかり忘れてぼくは見た

柿の木の裸の枝が風にゆれ

首輪のない犬が日だまりに寝そべっているのを

 

百年前ぼくはここにいなかった

百年後ぼくはここにいないだろう

あたり前なところのようでいて

地上はきっと思いがけない場所なんだ

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2020年11月23日

水の呼吸拾壱ノ型 凪

太宰治の小説「春昼」。甲府市の武田神社の近くに住まいがあったときの作品です。武田神社の入り口には、太宰が愛した桜がまだ残っています。

 

<甲府のまちはずれに仮の住居をいとなみ、早く東京へ帰住したく、つとめていても、なかなかままにならず、もう、半年ちかく経ってしまった。けさは上天気ゆえ、家内と妹を連れて、武田神社へ、桜を見に行く。母をも誘ったのであるが、母は、おなかの工合(ぐあい)悪く留守。武田神社は、武田信玄を祭ってあって、毎年、四月十二日に大祭があり、そのころには、ちょうど境内の桜が満開なのである。四月十二日は、信玄が生れた日だとか、死んだ日だとか、家内も妹も仔細(しさい)らしく説明して呉(く)れるのだが、私には、それが怪しく思われる。サクラの満開の日と、生れた日と、こんなにピッタリ合うなんて、なんだか、怪しい。話がうますぎると思う。神主さんの、からくりではないかとさえ、疑いたくなるのである。

桜は、こぼれるように咲いていた。

「散らず、散らずみ。」

「いや、散りず、散りずみ。」

「ちがいます。散りみ、散り、みず。」

みんな笑った。

 

お祭りのまえの日、というものは、清潔で若々しく、しんと緊張していていいものだ。境内は、塵一つとどめず掃き清められていた>

 

入試や部活の大事な試合の前には、気持ちが「しんとした緊張」であると良い結果が出ます。

 

今日は、浅野中学校オープン模試です。受験生、頑張ってくれていると信じています。

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伊集院静さんの「贈る言葉」(集英社)より。

 

 

『若木を倒さんばかりの強風の日もある。雨の続く日々にずぶ濡れにもなる。凍てつく寒さもあるし、地震だってある。それでも山を見れば木々は間違いなく少しずつだが成長している。人間の私たちにそれができないわけがない』

 

『日本は大国なんかじゃない。ちいさな国の、君は小さな存在だ。しかし君の未来は、時間は、可能性は限りなく大きい』

 

『すぐに手に入るものは砂のようにこぼれる。本物を手にするのは苦しいぞ。苦しい中にこそ、本物はあるんだ』

 

 

『何より明るくて、溌剌とした人になろうじゃないか。明るい人って、見ていて気持ちがいいじゃないか』

 

 

『世の中にはさまざまな事情で働けない人たちが大勢いる、その人たちの夢を私は聞いたことが有る。「どんな仕事でもいいから働きたい。働いて一人前の人として生きたい。」皆知っているんだ。仕事をする、働くことがどんなに素晴らしいかということを』

 

 

受験も同じだと思います。特に中学受験です。

 

 

最後にもうひとつ。

 

 

『ハガネのような強い精神と、咲く花のようにやさしいこころを持て』

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2020年11月20日

手書きの気持ちよさ

書道家、武田双雲さんの「書く力~ポジティブに生きるヒント~」より。大変参考になることが2点ありました。

 

①手書きの気持ちよさについては、脳科学でも実証されている。脳の活動状況を調べる実験をすると、メールを書いているときは、脳の一点しか活動していない。ところが、同じ文章を手書きにすると、ポツポツと脳画像のあちこちが赤く反応する。同じ文章を今度は筆で書いてみると、脳全体が真っ赤に反応する。つまり、手書きか否かで、脳の働きに雲泥の差が生まれる。

 

②書道教室には、子供たちが「お手本を見ない」という悩みがあります。僕はそこでつい「お手本を見なさい」と言ってしまう。これが良くないのです。僕には「あなたにお手本を見て欲しい」という願望がある。だから「お手本を見なさい」と指導する。どこにもおかしいところがないようにも見えます。でもこれは、「あなたはお手本を見ない人ですね」と、子供たちにレッテル貼りをしているのと同じこと。僕が「お手本を見なさい」と繰り返すほどに、子供たちは「自分はお手本を見ない人間だ」と刷り込まれていきます。そこで、僕は、「君はお手本をよく見るよね」「最近、よく見るようになったよな」と言ったのです。ウソはついていません。子供におべっかを使っているわけでもなく、本当のことだけを言っています。それまで子供たちも、まったくお手本を見ていなかったわけではありません。熱心ではないにしても、僕に言われて何回かは確実に見ています。数秒しか見ない子も「見た」という事実には違いない。僕はその、ほんのわずかな「お手本を見ている」時間にフォーカスした。すると、子供たちは「そう?」とその気になって、ちゃんとお手本を見るようになりました。「お手本を見る人」というレッテルを貼ったからです。これが肯定の効果です。

 

 

心がけたい言葉。

 

『最近、頑張ってるよね!!』

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